幸福論

 私が考えているこの幸福となる方法のうちに、悪い天気を上手く使う方法についての有益な忠告を加えてもおこう。 

私がこれを書いているいま、雨が降っている。屋根瓦が音をたてている。無数の小さな溝がざわめいている。空気は洗われてろ過されたみたいだ。雲は素晴らしいちぎれ綿に似ている。こういう美しさを捉えることを学ばなければならない。 

しかし、あめは取り入れ物を台無しにする、と或る人は言う。何もかも泥で汚れる、と別な人が言う。 

そして第三の人は言う、草の上に座るのは、大変気持ちがいいのに、と。言うまでも無いことだ。 

あなたが不平を言ったからといって、どうともなるものではない。そして、私は不平の雨にびしょぬれになり、この雨は家の中まで私を追いかけてくる。 

ところが、雨降りのときこそ、晴れ晴れとした顔が見たいものだ。それゆえ、悪い天気のときには、いい顔をするものだ。 

(1910年9月8日-哲学者アラン「幸福論」より)




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